自己紹介

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住民代理店BOB(Break Occupied Barier)代表。自転車で俳諧するおっさん。ミッションは誰かさんを輝かすこと。

2008年8月1日金曜日

8月

わっ!もう8月だ!
この頃、怒涛のように時間が流れてく。
会社辞めてもっとのんびり出来るかと思っていたけど、
甘かった…。

ま、自業自得だわな。
住民代理店で
クライアントが
7、8個ある感じだもんね。

それに、趣味の世界が5、6個走っている。
忙しいわな。

複数のことを同時に進行しなければいけない。
コンピューター要りますね。
頭の中に埋め込む?
いやですね。そんなこと。

オンボロで、アナログな マイブレイン
よろしくね。

下手の考え休むに似たり
(良い知恵もないのに、いくら考えても、時間がたつばかりで何の効果もない)

下手の横好き
(下手なくせにそのことにねっしんなこと)

下手の長談義
(話が下手な者にかぎって、話が長くなり、はた迷惑なこと)

はい、はい。
もう止めますね。


    けふもまた蝉の鳴き出す朝となり   基風


   

2008年7月31日木曜日

NHK障害福祉賞

http://www.npwo.or.jp/info/2008/43nhk.html

第2部門に応募しました。

まんぼうとの出会いから
今日までを文にしました。

未発表の作品に限るとのことなので
内容はまだお知らせできません。

時期が来たらこのブログに
転記します。

8000字以内が条件でしたので
そんな長文を綴れるか不安でしたが

それなりのボリュームになりました。
自分でもびっくりしてます。

毎日、このブログに書くことで
少しは文章力がついたかな?
ありがたや、ありがたや。



     富士詣で山頂の風持ち帰る     基風


             

2008年7月30日水曜日

偶然?

この頃偶然知人に会うケースが多い。

まずKさん。
この人には会社を辞めたことを伝えていなかった。
それを神様はご存知で合わせてくれたのかな?

そしたら1週間で2回も。続けて…。
2回目は「会うとなったらよく会いますね」
3回目は「へー何で?何かあるんやろか?」

そして今日はM君
彼には約束していることがありそれをまだ果たしていなかった。
ふーん、こういう風に神様は配慮下さるのか…。

逃げられんな…。



     網棚に忘れ物あり夏帽子   基風



     

2008年7月28日月曜日

クライマーズ・ハイ

映画「クライマーズ・ハイ」。
見ました。

日航機ジャンボ機墜落。
群馬県の地方新聞社の記者が主人公。

あの日、8月12日のことが刻々と再現される。
原作者の横山秀夫氏は上毛新聞の元記者。
原作を読んでいたので、小説をどのように映画にするのか
興味があった。

実際の事故の経過を追いながら
主人公と子供の時系列と
主人公と母の時系列が
織り込まれるので
原作を読まずに見た人は
戸惑ったのではないだろうか?

地方新聞社の雰囲気がよく描けてた。
私の新入社員の頃を思い出した。

私の最初の仕事の取引先は神戸新聞社の広告局だった。
映画の舞台は編集局だったが
広告局も大部屋で整理部があって
そこに原稿を持って行くのが日課だった。

神戸新聞会館。
震災で崩壊してしまったが
毎日、広告の原稿(凸版という亜鉛の板)を抱え
さん地下タウンを通って
地下の通用口から入ると
インクのにおいが漂っていた。

映画を見ていたらその匂いを思い出した。

1985年。あれから23年も経った…。
520名の死者の中にD社の6人も含まれる。
彼らの無念さを忘れてはいけない。



       朝の蝉喧しいけど許したろ   基風


         

2008年7月25日金曜日

CFK

中央区フィランソロピー懇談会
略してCFK(フィランソロピーの頭文字はPだけど…)

毎月一回の会合。
今日は本町の丸紅さんの会議室が会場。

ビルの前で富士ゼロックスのOさんに会う。
本日はアロハシャツなので
受付で怪しまれるのではないかと危惧していたが
これで大丈夫。
Oさんの後をついて行く。

セキュリティ厳重。
いきなりガードマン二人が出迎える。
さすが、大商社。

次はきれいな受付嬢。
ちゃんと本日の出席者名簿を持っている。
Oさんはすんなり見つかったが
私の名前が見当たらない。

こっちから見るとちゃんと書いてあったので
これです。Hです。
「ああ、失礼しました。どうぞこれをお付け下さい」
と「Guest Marubeni」と書いた札をもらう。

この雰囲気ひさしぶりだなあ。

17階、素晴らしい眺望の会議室。
もと、役員室のエントランスだったそうだ。
天井高けぇ。
舟型のでかい会議机。ゆったりしたイス。
30人ぐらいが悠に座れる。

D社の11階中会議室に似ている。

CFKでは企業が地元コミュニティといい関係を築くための方策を話し合う。

まんぼうもメンバーに入っているので
毎回出席。
退職とともに企業の人と話をする機会なんてないと思っていたけど
ロート製薬、富士ゼロックス、丸紅、商工信金などのCSR担当者と
机を並べる。

D社でもCSR部門はあったが東京本社にあって
大阪にはなかった。
やりたい仕事だったが叶わなかった。

不思議なご縁である。

会議終了後、近くの産創館というビルの最上階レストランで懇親会。
天神祭の花火が見れるとのこと。

宴もたけなわ、暗くなって花火が上がりだした。
夜空に高く上がる花火を想像していたが
おもったより低く、遠くて期待外れだった。



     遠花火誰かそのビルどけとくれ    基風


 *丸紅は今年150周年だそうだ。
 11/28~12/25の期間中1Fのロビーで写真展やイベントを行うとのことです。


      

富士山

昨年3月まで働いていたD社には
年中行事として
その年の新入社員を富士山に登らせるイベントがある。

それが丁度この週である。
私の新入社員の時は
雨天中止となって
麓の浅間(せんげん)神社で解散となった。

みんなしんどいことをせんでよかったと喜んだ。

しかし、晩年になって人事部門に異動になった時
この行事をサポートする救護班という役回りが回ってきた。

先発して登り、7合目以上の山小屋に待機して、
200人近い本隊を先着順に山小屋に泊まらせ
仮眠させ、夜中に起こし、ご来光に向けて頂上を目指させる。
その間、体調の悪い人の世話、誘導、飲料水の手配などを行う仕事である。

結局、救護班を7年連続で担当した。
登るのは本当にしんどかったが
富士山はとてもいい教訓を私に教えてくれた。

晴れた夜空の星や月、雲、風が
宇宙の中で生きていることを実感させてくれた。
取るに足らないちっぽけな存在。
でも、生きている存在。
そして仲間としての他者の存在。

富士山は毎年霊的な気持ちを喚起させてくれた。
まさに霊峰である。

今頃は、ご来光を拝んで下山が始まっている頃だ。



      夏暁や登りて下る霊の峰    基風



           

2008年7月23日水曜日

プチ同窓会

高校時代のバスケ部の仲間と
当時顧問だった先生を囲んで
プチ同窓会。

会場は芦屋の「鮨処多田」
何でここかというと
OGがここで女将さんをやっているから。

以前から行こうと言っていたのが
今回実現した。

バスケ部の同窓会は
春に体育館を借りてバスケットボールをするのと
秋にゴルフをするという2本立てでやろうということになっている。

顧問のY先生はもう定年退職をして
年金生活だが、陶芸などを趣味に生きておられる。

保健体育の先生だったので体育会系のイメージが強いが
美大に進もうとしていたとのこと

へーそうやったんや!

と話が盛り上がった。

そこで、アイデアマンのC君が
「バスケだけではないところを披露しようやないか!
作品展やろうぜ!
先生の陶芸を中心にみんなの才能を持ち寄るんや!」

この言葉に先生を始めみんなが
やろやろ!という雰囲気になった。

高校の同窓会会館を借りきってやったらとか
バスケ部だけではなくみんなに呼びよとか
話が膨らんでいく。

それで、誰が世話をすんねん?
と言いながら私のほうを見る。

「昨品を集めたり、それを管理して、陳列したり
それは大変な作業でっせ」
と難色を示すと…。

I君が「ま、最初はバスケ部だけで、こじんまりとやってみて、だんだん広げていったらええんとちゃう」
と常識的なことをいう。

思いを実現するにはいろんな準備がいるのである。
そうは簡単にはできません。

でも、アイデアはとてもいいので
何とか実現させたいものです。


    夏の雲青春きっぷのポスターに  基風