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住民代理店BOB(Break Occupied Barier)代表。自転車で俳諧するおっさん。ミッションは誰かさんを輝かすこと。
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2011年7月9日土曜日

人生の扉

九州のバスツアー
バスガイドさん
一生懸命なんだけど

なんか耳障りなんだよね
いわゆる間がないんだよね。

そこで、iphoneで音楽を聴く

竹内まりあの「Denim」を集中して聞く。
その中の「人生の扉」いい歌です。
http://bit.ly/91bqCQ


  
    梅雨明けや扉を開けて外に出る

    村中にエンジンの音梅雨明ける

    

2010年2月7日日曜日

PPM

ピーター・ポール&マリー
いい、実にいい。
1992年のコンサート。

会場は中央のステージを
ぐるりと囲むように客席が設えてある。

子供もその家族もいて
アットホームな雰囲気・・・。

もちろん彼らがコンサートの中心だが
客席も歌う。

実に楽しいコンサートである。

さすがにアメリカのエンタテイメントは
懐が深い。

観客との一体感こそ
ライブの命である。

人生もライブといっしょ。
その時々のだれかとの関係性こそ重視されるべきで

過去どうだったとか
将来こうなるだとか

そんなのかんけーねー
そんなのかんけーねー


  携帯は持たぬ主義です浮寝鳥

  携帯を忘れて今日は浮寝鳥

  浮寝鳥春まで待てぬ夢のあり

  浮寝鳥人間だけの時刻表


2010年2月5日金曜日

懐メロ

駅前第一ビルの地下2階。
CDやDVDのワゴンセール。

あるかもしれないな?
おお、あった。

ピーターポール&マリー

おお、サイモンとガーファンクルも

DVD買ってしまった。

S&Gから再生

なんと、P.サイモンとジョージ・ハリスンが
「ヒア・カムズ・サン」を歌っているではないか!

「スリップ・スライディング・アウェイ」いい曲である。
知らんかった…。

God only knows,
God makes his plan,
The information is unavailable to the mortal man.

We work our jobs,
Collect our pay,
Believe we are gliding down the highway,
When in fact we are Slip Slidin' Away.
 
   神のみぞ知る
   神のみが計画をたてる
   われわれ人間には
   情報が何ひとつ手に入らない

   僕らは与えられた仕事をこなし
   ただひたすら 給料をためこむ
   ハイウエイを走っているつもりでいるが
   実際のところは 滑って転んでつまづいているだけ〔山本安見訳〕

Slip Slidin' Away,
Slip Slidin' Away,
You know the nearer your destination,
The more you're Slip Slidin' Away.

     滑って転んでつまづいて
    滑って転んでつまづいて
    目的地が近ければ近いほど
    滑って転んでつまづくものさ〔山本安見訳〕



   寒風や誰も通らぬ道を行く

2009年10月23日金曜日

文化祭

もうどんどん記憶がなくなっていくので
昔のことを記録に残しておかないと・・・。

県伊丹高校三年生の文化祭
バスケ部の仲間4人で
フォーク・バンドを組んで出演した。

その時演じた曲。

1曲目は「ジョンB号の難破」
ヤンタンのオープニングに使われていた曲。

2曲目以降何をやったか…?
順番は忘れたが…

「坊や大きくならないで」(マイケルズ)
「Don't think t0wice」(PPM)
「Nowhere man」(ビートルズ)
「Mr. moonlight]( 〃  )
「Boxer」(サイモン&ガーファンクル)
「白いブランコ」(ビリーバンバン)

こんなもんやったかいな?
T君、C君。


    秋深し終わってしまった文化祭   基風





2009年10月19日月曜日

フォーク


高校生だった頃…
フォークソングが流行った。
1967年、高校1年の冬に
ラジオ関西の「電話リクエスト」で
「フォーク・クルセダース」の
「帰ってきたヨッパライ」がかった。(らしい)

「聞いたか?あの曲」
と誰かに聞かれて
「何やそれ?」と聞き返すと
「知らんのか?おもろいぞ」
ということなので

ラジオでかかるのを待って
聞いたら、
わけのわからん曲だった。(笑)

その前から
フォークソングは流行っていたが
この曲をきっかけに
自分達も演奏するというトレンドができて行った。

ある日、バスケ部のチームメイトの
Tの所に遊びに行くとCも来ていて
二人でギターを演奏していた。

「パーフェディア」という曲で
ちゃんとハーモニーが取れていて
いい感じであった。

そうこうしていると、同じバスケ部のKが
ボーカルをするようになり

Tの家に合ったオープンリールのテープデコーダーに
PPM、とかキングストントリオとかの曲を録音して
遊ぶようになった。

当初私は、彼らの演奏を聴いているだけだったが、
ある日、手持無沙汰な私を憐れんで
「原田、おまえベースやるか?」とTが言ってくれて
Tの兄貴が持っていたウッドベースを
引っぱり出してきた。

最初の曲は「白いブランコ」だった。

それから、毎週日曜日には
Tの家に行って練習した。

MBSの「ヤンタン」やABCの「ヤンリク」にも
出演した。

3年の文化祭でも
グループとして演奏させてもらった。

ホントにいい思い出になった…。



かとうかずひこさんが自ら命を絶ったというニュース。

北山修さんが翌日の朝日新聞に追悼文を載せていた。

あの素晴らしい愛をもう一度・・・。 合掌



   秋深しフォークソングをリクエスト   基風